2016年10月30日日曜日

大好きな人と

わたくしごとで恐縮ですが、学生時代「地球交響曲」という映画と出会い、しばらくその映画にのぼせていた時期がありました。
2年間フィリピンで生活していたときも、その映画のDVDを携行して折に触れて鑑賞していたりと、その映画の世界観が大好きです。

今回、自分の住んでいる町にて上映会を企画してくれた団体があり、映画、監督講演会、バイオリニスト中澤さんの演奏会とゴージャスな時間がありました。

主催者の方が、僕が「地球交響曲」に想いがあるというのを知ってくださり、その後の懇親会にも招待してくれました。

全国津々浦々からファンや関係者が集い美味しい料理とお酒をいただきました。
まさか龍村監督と一緒に会食できるなんて、主催者の人の計らいで懇親会後に監督を旅館までお連れする車にも同乗させてもらいました。

龍村監督の世界観・人情・温かみ・想い・生の声に触れることが出来て、僕の魂は喜んでいました。

「「地球交響曲」に出てくる出演者はもう合った瞬間に分かる。」
「全て共通する何かを持っている。」
「自分の大事にしていることを淡々と積み重ねているのであって、それを誰かに教えようとか広めようとかしている人たちではない。」

言語化するとなんとなく伝わりにくくなってしまうかもしれないけれど、「地球交響曲」に出てくる人たちはすごいんだけれど、さりげなく、そして優しい。

僕も多くの影響を映画から、そして出演者1人1人の生きざまから受けています。

夢のような時間でした。



2016年10月20日木曜日

祭と脱穀と

地元のお祭があった。
五穀豊穣を祝う祭だと思う。

子ども神輿が集落内全33戸を練り歩きお祓いをしていく。
そして各家庭は子どものために、お菓子などをふるまう。
日本版ハロウィーンのような面白みがある。

息子もまじめに神輿の綱を引っ張ったり、担ぎ棒を担いで揺れる神輿に翻弄されながら参加していた。

大きいお兄さんが神輿を大きくゆすったりするものだから息子は何回も担ぎ棒が頭にあたり泣いていた。
それでも担いで「わっしょい わっしょい」と声を出しながら参加していた。
一生懸命なその顔にちょっとグッときた。

畑の一角にずっと植えられていたゴボウ。
どうしていいか分からずにずっと放置していたが満を持して掘ってみたら、見たこともないようなゴボウが出てきた。

食べれるか分からないけれど・・・と一応ささがきにして食べているが、何の遜色もない。
ラッキー!

WWOOFerのこうちゃんは気付けば4週間くらいうちに滞在している。
明日隠岐の島へ向けて出発する予定だが、すっかり家族の一員になって、息子も「ずっとここにいてぇ」と最近では口癖のようにこうちゃんに語りかける。

こうちゃんお手製のロケットストーブでもち米を蒸して玄米もちをいただいた。さすがにうまい。


実は3日くらいまえからもう1人WWOOFerさんが滞在している。
一度に2人受け入れるのは初めてで、大きな家族になったようだ。
彼女は来て初日に鹿の解体をしていた。


稲刈り・脱穀も無事に昨日終わった。
10数年耕作放棄されていた田んぼで途中いもち病が出たりで頭を悩ませたり、日当たりが・・・とかはぜがけしても雨続きで・・・とかいろいろとあったが、なんとか終わって良かった。

1年1年が勉強だと切に思う。
来年はもっと上手に出来るはずだ。

家族1年分が食べるお米は出来たかな・・・。

村でそうこうコメ作りをしていたら、コンバインいるか?とか田植え機いるか?とか声をかけてもらいこのコンバインも捨てる予定だったからといただいた。

機械とかは不慣れだが、徐々に慣れてうまく付き合っていけたら良いかなと思う。
とりあえず子どもたちは嬉しそうだった。

そんなこんな。

だんだんと冬に向かっていきますね。

読書の秋 食欲の秋

ゆっくりと夜長を楽しめたら良いなと思います。



2016年10月16日日曜日

最近のこと

息子が4歳。
森のようちえんに日々通う。

毎朝地元の小学生が通学時うちの前を「おはよう」とあいさつしながら通り過ぎていく。

夕方、その小学生たちが毎日のようにうちに寄っては、一休みして帰っていく。
息子もその小学生たちと一緒に楽しそうに時間を過ごす。

この前、僕が帰宅したらうちの前に何やら楽しそうな秘密基地がこしらえてあった。
トイレを最初に作るところからこの秘密基地作りはスタートしたらしい。
石を敷き詰めて、におうといけないから近くに生えているミントを敷き詰めて・・・と、そうこうしているうちに秘密基地作りに発展。
屋根があって、床があって、屋根からの滑り台があって・・・。

子ども達はイキイキと楽しそうに、製作にとりかかっていた。
あぁ、近所に子どもがいるってありがたい。
お兄さん・お姉さんは息子のことをとても可愛がってくれる。

こうした異年齢交流が、幼稚園終わった後、小学校が終わった後に繰り広げられる環境。
素晴らしい。


最近は幼稚園の子同士でお泊りしあいっこも流行っている。
初めての外泊を幼稚園のお友達がうちでしてくれた。
息子も初めての外泊をそのお友達のお家でした。
子どもの成長に嬉しさ半分、寂しさ半分。

子ども時代なんてあっという間。
どうか幸せな子ども時代がずっと続きますように。
そしてその後も幸せな時間が待っていますように。

先日Yahooニュースで「ダウン症の人9割が「幸せ」を感じながら日々過ごしている」という旨のニュースが紹介されていた。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6217521

娘は毎日「今」を生きている。
喜怒哀楽色々と表現するようになって楽しい。

僕が帰宅して高速ハイハイで出迎えてくれてギュッと抱きしめて「おかえり」をしてくれる。
今ではそのように僕を扱ってくれるのは娘だけでとても愛おしい。
(妻も息子も僕のことを好きでいてくれていると思うが。)

そんな彼女が大きくなっても「幸せ」を感じながら生活してくれたら嬉しいし、そんな希望を抱かせてくれるニュースに触れて嬉しくなった。

「幸せ」を感じながら生きるということ
「肯定感」を感じながら生きるということ

これは彼女だけでなくて僕自身、そして多くの人が目指すところではないだろうか。
結局、僕は彼女から教わることは多々あると感じている。

近くに彼女がいてくれて良かった。
彼女が僕の人生の先生の1人になってくれるようなそんな存在として彼女のことを最近感じている。

民泊にWWOOFに全国から実に様々な人がうちを訪ねてくれる。
今後どのように人生の舵をきっていこうかと思案する若者、今おかれている環境に違和感を感じている家庭

彼らはうちでの生活の時間から何かを感じ、そして僕たちも彼らとの時間の中から何かを感じる。

片田舎にいながら、こうして様々な人と交流できることはとても有意義だ。
この前、埼玉から民泊に来られた夫婦は早くも私たちと同じ町への移住を決めたそうだ。

年収500万、週休二日、5時には帰宅、出勤時間家から10分

聞くと羨ましくなるようなその環境も、彼らからしてみたら「なんか生きてる実感がない。ほとばしるような情熱の無い日常」
ということらしい。

時代は変化している

子ども達が大人になるころにはどのような社会になっているのか。

願わくば世界中の人たちが平穏に暮らせる社会であってほしい。
かつて訪れたシリアの国の人々の今を想像すると、たちまち心がふさぎ込んでしまうわけだが、人間社会を作るのは人間。
そこに希望を抱きながらこれからも身近なことに丁寧に向き合い生活していきたい。